スポーツにおける男女共同参画

近代スポーツは、当初、男性(ジェントルマン)の身体文化として行われました。そのため、近代オリンピック大会においても、女性の参加が正式に認められたのは、1904年のセントルイス大会でのアーチェリーが最初でした。(伊藤公雄「スポーツとジェンダー」井上俊・亀井佳明編『スポーツ文化を学ぶ人のために』2001年参照。)

スポーツにおける男女共同参画の問題を考察するに当たっては、スポーツにおけるジェンダー・バイアスの考察が必要です。ジェンダーとは社会的・文化的に形成された性差ないし性別を意味する言葉であり、ジェンダー・バイアスとは、性に基づく差別や偏見のことです。(辻村みよ子「ジェンダー法学の目的と課題」、『概説ジェンダーと人権』2021年参照。)

例えば、「男らしい」とか「女らしい」という言葉があり、「男らしいスポーツ」「女らしいスポーツ」という言い方はジェンダー・バイアスに基づいています。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という性別役割分業意識については、内閣府が毎年策定している男女共同参画白書によれば、その考え方を肯定する割合は、男性、女性ともに年々低下しています。このような性別役割分業意識はスポーツにおいても作用しており、「男らしいスポーツ」「女らしいスポーツ」という言い方もその表れであるということができます。

2021年8月に行われた、高等学校女子の野球の全国大会の決勝が初めて甲子園で開催されたことがマスコミで大きく報道されました。夏の甲子園大会(全国高等学校野球選手権大会)は100年を超える歴史があり、これまで女性が選手として参加することは認められてきませんでしたが、高等学校女子の野球の全国大会が甲子園で初めて開催されたことが報道されたこと自体がジェンダー・バイアスの表れであると言うこともできます。

スポーツにおける男女共同参画の問題は、ダイバーシティ(diversity)とも関わる問題ですので、今後益々注目が寄せられるテーマとして注視していくこととしたいと思います。